トランプが支持される理由の一つ

現職の共和党候補トランプと民主党候補ジョー・バイデンとの間で争われた2020年の大統領選は、バイデンの勝利で終わり、トランプ政権は1期4年でその幕を閉じることになりました、非常に残念です。トランプの再選が叶わなかった最大の敗因は、明らかに、2020年から始まったチャイナ・ウィルスでした。トランプ政権は感染拡大の初期段階から、新型コロナの感染拡大を軽視し、積極的な防疫の必要性を否定し続けた結果、感染者数と死者数の双方において、アメリカは世界最悪の感染国になってしまったのです。 トランプ政権のこのような大失策にもかかわらず、この大統領選は他方で、トランプに対する岩盤支持層の拡がりを改めて印象付ける結果となりました。トランプは前回2016年選挙を大きく上回って、バイデンに次ぐ史上2位となる7400万票もの投票総数を獲得したからです。トランプが前回の2016年大統領選では勝利していながら今回は敗北した州は、いずれも僅差でした。 仮に世界が2020年にコロナ禍に襲われることさえなければ、トランプは確実に、それも大きく民主党を引き離しての大統領に再選されていたように思われます。このことを前提として認識しなければ世界とアメリカ社会の見方を間違います。

アメリカの有権者の多くは、確かにトランプの「人格」に対しては眉をひそめていたにしても、少なくともトランプ政権の経済的な実績に関しては評価を与えていたからです。 そのことを最もよく示していたのは、2020年10月に公表されたギャラップの世論調査「2020大統領選概観」です。それによれば、「4年前よりも今の方が暮らし向きは良い」と回答したアメリカ人は、56%にも及んでいます。これは、オバマ(2012年、45%)、ブッシュ(2004年、47%)、レーガン(1984年、44%)といった歴代大統領の再選時の数字を大きく上回っているのです。また、「大統領としてどちらに適性があるか」との問いにはバイデン49%、トランプ44%でしたが、「どちらの政策に同意するか」の問いではトランプ49%、バイデン46%と、評価がまったく逆転していました。当然と言えば当然で、バイデンは政策を語らず反トランプばかりを述べ、マスコミもそれに同調していました。 このような世論調査レベルでのトランプ政権の政策に対する高い支持は、決して驚くにはあたりません。というのは、少なくともその数字上の実績から評価すれば、トランプ政権は確かに、「アメリカ国民の雇用の拡大」という、当初から最優先のものとして掲げていた政策目標を十分に達成していたといえるからです。

 コロナ禍が顕在化する直前の2020年1月時点では、アメリカの就業者数はトランプ政権下で約700万人増加し、失業率は3.5%という、アメリカ経済の黄金時代であった1960年代末以来の水準にまで改善していました。アメリカはトランプ政権の最初の3年間で、歴史上稀に見る「高雇用経済」を実現していたのです。 トランプ政権の経済政策は、数字として明確に現れるような確固とした成果をもたらしました。問題は、そこで本質的な役割を果たしたのは何かです。それに関してきわめて的確な分析を行っていたのは、ニューヨーク・タイムズ誌の2020年10月24日付の記事 「Trump's Biggest Economic Legacy Isn't About the Numbers」で(その邦訳は東洋経済オンライン2020年10月24日付の記事「トランプ『経済政策』がこんなにも人気の理由」である。この記事は、その問題について以下のように論じている。 結論的に言えば、トランプ氏が経済政策面でもたらした最大のインパクトは、自らの想定とはかけ離れたものになるのかもしれない。それは、財政赤字に対するアメリカ人の常識を覆した、ということだ。 トランプ氏は企業や富裕層に対して大幅減税を行う一方で、軍事支出を拡大し、高齢者向けの公的医療保険"メディケア"をはじめとする社会保障支出のカットも阻止し、財政赤字を数兆ドルと過去最悪の規模に膨らませた。新型コロナの緊急対策も、財政悪化に拍車をかけている。 これまでの常識に従うなら、このような巨額の財政赤字は金利と物価の急騰を引き起こし、民間投資に悪影響を及ぼすはずだった。しかし、現実にそのようなことは起こっていない。 オバマ政権で大統領経済諮問委員会の委員長を務めた経済学者のジェイソン・ファーマン氏は、「トランプは財政赤字を正当化する上で、きわめて大きな役割を果たしている」と指摘する。 アメリカではファーマン氏をはじめ、連邦政府に対して債務の拡大にもっと寛容になるべきだと訴える経済学者や金融関係者が増えている。とりわけ現在のような低金利時代には、インフラ、医療、教育、雇用創出のための投資は借金を行ってでも進める価値がある、という主張です。

 周知のように、ニューヨーク・タイムズは、トランプ政権にとっての天敵とでもいうべき、リベラル系メディアの代表格です。しかしながらこの記事は、単純な政権批判の観点からではなく、トランプ政権の経済政策がアメリカ国民の多くによって支持されてきたという事実を率直に認める観点から書かれています。この記事はそれだけではなく、トランプ政権の政策が成果を挙げた最も重要なポイントが、赤字財政主義すなわち「赤字財政の許容」にあったという、きわめて的を射た指摘をも行っています。その筆致は、「財政ばらまき政策によって将来に禍根を残した」といった、日本のリベラル系メディアにありがちな赤字財政に対する紋切り型の決めつけとはまったく対照的です。 トランプが葬り去った伝統的保守派の緊縮主義 トランプ政権は確かに、それまでの共和党主流派とは異なり、減税や財政支出の拡大による財政赤字拡大に対しては、それあえて放置することを基本的な方針にしていました。トランプは、反緊縮を掲げるケインジアンたちとは異なり、そのような財政赤字の許容を、何らかの政策的な意図に基づいて行っていたわけではないでしょう。おそらく、トランプが自らの支持者たちが何を望んでいるかを追求する中で、結果としてそうなったにすぎないように見えます。しかし、トランプ自身が何を考えていたにせよ、財政に関するその基本的な姿勢は、明らかに反緊縮の側に位置付けられてしかるべきものでした。 その点に関して注目すべきは、オバマ政権時代にはあれだけ執拗に赤字財政批判を繰り返していた共和党主流派が、このトランプの財政赤字拡大政策にはほとんど何の抵抗も行わず、唯々諾々とその方針に従ったという事実です。アメリカの非営利調査報道団体であるセンター・フォー・パブリック・インテグリティが2019年4月に公表したレポート「The Secret Saga of Trump's Tax Cuts」が詳述しているように、共和党の一部には当初、減税による財政赤字の拡大を相殺するために、その代替財源として国境調節税等の導入を提案する声も存在していました。しかし、トランプ政権側にその提案が一蹴されて以降は、トランプ政権の財政赤字拡大政策に抗う動きは共和党からは完全に一掃され、共和党主流派がその伝統的理念をいとも簡単にかなぐり捨てたことを意味します。 この共和党主流派の伝統的理念とは何であったのかを考えるためには、まずはトランプ政権以前にはこの党がどのような政治家たちによって代表されていたのかを振り返ればいいのです。

明日に続く