香港

続き。


アメリカが香港について規定した法律は二つです。一つは、1992年に定め、1997年の返還時に施行した「米国香港政策法」(United States–Hong Kong Policy Act)。これはトランプ大統領が言及していた「香港を中国とは別枠とみなして各種の優遇措置を取る」というものです。もう一つは、昨年11月に成立した「香港人権民主主義法」(Hong Kong Human Rights and Democracy Act)。こちらは、最低でも年に一度、国務長官が香港の「一国二制度」の状況を連邦議会に報告し、「米国香港政策法」を見直すかどうかを検討するというものです。 香港は中国経済の肺のようなものです。肺がなければ呼吸ができません。そして肺を動かしているのは、アメリカドルにペッグされた香港ドルです。香港のアジア金融センターとしての地位は、香港ドルがアメリカドルとのペッグを維持することによって成り立っています。 香港ドルは、1983年にアメリカドルとのペッグを開始。1アメリカドル≒7.8香港ドルのほぼ固定レートで、自由な交換を行っています。香港ドルは、イギリス植民地時代から、香港上海銀行(HSBC、滙豐銀行)とスタンダードチャータード銀行(SCB、渣打銀行)が発行していましたが、いまでは中国銀行も加わり、3行が発行しています。この香港ドルのドルペッグは、「米国香港政策法」にも明記されていますが、「香港人権民主主義法」による見直しの対象になります。つまり、香港の生殺与奪はアメリカが握っているということです。今後もしも、アメリカが香港ドルのドルペッグを廃止したら、どんな反応が起こるのかというと、以下のようなことが想像できます。


香港ドルの暴落……香港ドルは価値を失って暴落し、遠からず人民元に吸収されるでしょう。  

香港証券取引所の衰退……香港からアメリカドルが流出していき、香港市場は深圳市場と一体化するしか生き残れなくなる可能性があります。  

グレートベイエリア構想(粤港澳大湾区)の崩壊……習近平政権の肝入り政策である広東省・香港・マカオの経済一体化構想「グレートベイエリア」は、大きく崩れるでしょう。もしくは逆に、3地域が互いにこじんまりと身を寄せ合うかもしれません。  

人民元国際化の後退……中国は先代の胡錦濤政権の時代から、人民元の国際化を悲願にしてきて、中国―香港―ロンドンという人民元国際化のラインを築く中でIMFの通貨バスケットにも入りましたが、イギリスがEUから離脱して挫折したところに、香港ドルの価値も失われれば、人民元国際化の道は遠のくのではなく遮断されます。  

輸出基地の価値減退……中国から香港を経由した輸出も、アメリカドルが自由に使えることがメリットになって活発に行われてきました。しかし、ドルペッグがなくなれば、香港の輸出基地としての魅力も失われ、輸出が先細ります。  

マカオ経済の凋落……マカオの通貨パタカ(MOP)は、香港ドルとペッグになっている。つまりアメリカドルの「孫通貨」なわけで、「親と子」の関係が切れれば、「孫」の関係もなくなりますから甚大な影響が出るでしょう。  

大量移民の発生……ドルとの紐づけがない通貨では、個人財産を保全できないということで、香港の富裕層や中間層の他国・地域への移民が続出すると予想できます。

こうしたことを冷静に勘案すると、香港を巡る米中のチキンレースは、中国側に勝ち目があるとは思えず、それでも中国が、「もはや『2047年までの一国二制度』は諦めて、完全統一(「一国一制度」)を早める」と決断したのなら、中国側は香港の「百万ドルの夜景」は失われ、ただの鄙びた「広東省香港市」に戻ることを覚悟したということでしょう。

香港は胡錦濤派の牙城ですから、世界から孤立しても胡錦濤派を潰す行動に出るという中国の選択は、我々、自由民主主義で生きる者には不可解でも、彼ら共産党、中国人の歴史を鑑みれば、至極まっとうな判断なのかと思います。