中国の現状

続き。


例えばオーストラリアの場合、新型コロナの発生源を追及すべきという同国政府の正当な要求に対し、まずは外交ルートで話し合えばいいものを、いきなり制裁関税などの嫌がらせや恫喝を行なったのは中国政府です。インドとの国境紛争にしても、インド軍兵士の死者数の多さから見て、中国軍が積極的に紛争を起こしたと当初から考えられてきました。そして日本との領海摩擦についても、新型コロナウイルスの拡散以前、習近平国家主席の国賓訪日がほぼ確実になっていた良好な関係性からすれば、中国がこの数カ月間、どうしてあれほど執拗に日本の接続水域や領海への侵入を繰り返しているかまったく理解に苦しむという論調が日本のマスコミの大半でしたが、実際は、安倍総理から直接諭される状況を察知し、事前に手を打ってきたというのがアメリカの安全保障担当者の見方で、日中関係をわざと壊すかのようなやり方です。

国際環境の悪化、主要国との関係悪化を作り出した主な原因が中国自身にあることは明々白々ですが、問題は中国がどうしてほぼ同時進行的に主要国との関係を自ら壊し、「外部環境の悪化」を招いたのかです。単に習近平がフランクリン・ルーズベルトと同じように愚かだからでしょうか。

昔の中国ならもっとも上手に、もっとも戦略的に外交を進めていたでしょう。鄧小平は狡猾でした。中国という国は古来、外交戦略や外交術に長けていることで知られてきました。歴代の日本の総理大臣や外務省は手のひらで転がされてきました。今から二千数百年前の戦国時代に、中国の先人たちは「遠交近攻」や「合従連衡」などの高度な国際戦略を開発しています。「遠交近攻」とは、遠方の国々と親交を結ぶ一方、近隣の国を攻めるという戦略です。「合従連衡」の「合従」は、戦国七雄が並立する中で、秦国以外の6カ国が連携して最強の秦に対抗する戦略ですが、それに対し、秦国は他の6カ国のいくつかと個別的に連盟することによって「合従連合」を打ち破ろうした――それが「連衡」の戦略です。

この2つの国際戦略の着眼点は同じで、多くの国々が並立する中で、多数の国々と同時に敵対するようなことは極力避けること、そして敵となる国を1つか2つに絞り、他の国々と連携し良好な関係を保った上で、力を集中して当面の敵国と対抗していくことです。

このような戦略的発想は、中国共産党政権にも受け継がれ、彼らのいう「統一戦線戦略」となっています。例えば1970年代、中国は主敵のソ連と対抗するためにかつての宿敵アメリカと手を握り、アメリカの同盟国の日本までその「統一戦線」に巻き込もうとしました。あるいは江沢民時代、中国は一時日本に対してかなり敵視政策を取っていましたが、一方で努めてアメリカとの良好な関係を維持していました。胡錦濤時代になると中国は「全方位外交」を唱え、できるだけ仲間を増やして国際的地位の安定を図ろうとしていました。

胡錦濤時代までは無闇に敵を作らず、主敵と対抗するためできるだけ多くの国々を自陣営に取り入れ、良好な関係を保つのが中国外交の伝統であり、不変の戦略だったはずです。しかし習近平政権になった後、特に習近平国家主席が個人独裁体制を確立して外交の指揮権を完全に掌握したこの数年間、中国外交にはかつての戦略性やしたたかさは跡形もありません。「一帯一路」のような大風呂敷の国際戦略を漫然たる手法で展開する一方、ほとんど無意味なところで他国にけんかを売り、敵を次から次へと作り出しています。

そして冒頭で記したように、今年の夏に入ってから、無闇に敵をつくるばかりの習近平外交が「佳境」に入っているようです。アメリカという強敵の全面攻撃を前にして、本来ならできるだけ仲間を増やして対処していくべきところ、習政権はその正反対のことをやっています。主敵のアメリカと戦いながら、カナダにもオーストラリアにも日本にもけんかを売っていくのはもはや狂気の沙汰で、「統一戦線」の面影もなければ戦略性のかけらもありません。アメリカと対峙している最中、アジアの大国であるインドと準軍事的衝突を起こすとは、まったく理解不可能な行動です。

もちろん習近平政権は「統一戦線」の伝統を完全に忘れた訳ではないでしょう。6月22日、習は欧州連合(EU)のミシェル大統領及びフォンデアライエン欧州委員長とのテレビ会談に臨み、中国と欧州が「世界の安定と平和を維持する二大勢力となるべきであり、世界の発展と繁栄を牽引する二大市場となるべきであり、多国間主義を堅持し世界の安定化を図るための二大文明であるべきだ」と述べ、欧州と連携して第3勢力(すなわちアメリカ)と対抗していく姿勢を示しました。もはや、かつての輝かしいヨーロッパではなくなったEUにとって中国は頼みの綱です。

言ってみれば、習近平の「連欧抗米」戦略らしきものでしたが、それからわずか1週間後、習政権がとった政治的行動が、欧州との連携を事実上不可能にしました。香港国家安全維持法の強行で、中国はイギリスだけでなく、欧州の主な先進国との関係が亀裂を生じたのです。実際、EU外相にあたるボレル外交安全保障上級代表は7月13日、香港国家安全維持法に対してEUが対抗措置を準備していることを明らかにしました。せっかく「連欧抗米」戦略を考案しながら、自らの行動でそれを直ちにつぶす――まさに習近平外交の不可思議なところです。

台湾政策も同じです。2019年1月、「1国2制度による台湾統一」を自らの台湾政策の一枚看板として打ち出したのは習近平です。それから現在に至るまで、習政権は香港問題でとった行動の1つ1つが、まさに「1国2制度」の欺瞞性を自ら暴き、「1国2制度は嘘ですよ」と自白したかのようなものとなり、挙げ句の果てに、香港国家安全維持法の制定で自ら1国2制度を完全に壊し、「1国2制度による台湾統一」という構想を台無しにしてしまいました。自分の打ち出す政策を自分の蛮行によって打ち壊すとは、習近平外交はもはや支離滅裂の境地に達しています。このような戦略なき「気まぐれ外交」を進めていくと、中国の国際的孤立はますます進み、中国にとっての外部環境の悪化がますます深刻化していくのがオチで、今後は、追い詰められた巨竜が「火を噴く」ことに気を付ける時期になりました。