時事

楊海英氏は静岡大の教授で日本に帰化されたので日本名は大野旭氏。下記はNWに投稿されているコラムです。天安門以前、日本の左巻きは中国共産党や北朝鮮は理想の国家だといい賛美していました。特に北朝鮮は戦前は日本でしたから人的にも文化的にも日本国内に多くの同胞、それに賛同する左巻きの‟進歩人“がおり、かの国を賛美し日本を罵倒していましたが、北朝鮮が拉致を認めた瞬間、今までの言動はなかったかのように黙りこくりました。

楊教授のコラムにある天安門の指導者たちもヒーローではなく、他民族をさげすみ共産党に諂う邪道者達ですから、たとえ運動が成功し民主化になっていたとしても彼らが指導者では先が知れていたのです。ボクが学生運動や市民運動をしている方々を信用しないのも、楊教授と同じように彼ら運動家を傍で見てきたからです。京都は共産党が異常なほど強い時期が続いた‟アカ“の街でしたから、左巻きは一から十まで信用できないのは三つ子の魂のようなものです。子供は理屈はわからなくても本質を見抜きます、そして僕は当時 子供でした。

初代FBI長官のエドガー・フーバーの議会記録に共産党や左巻きについての記述があります。それは5種類に分類され、1、公然の党員、2、非公然の党員、3、フェロー・トラベラーズ(同伴者)、4、オポチュニスト(機会主義者)、5、デュープス(間抜け)。公然の党員とは共産党や社会党に属していることを公言する者。非公然の党員とは、共産主義、社会主義を信奉していることや党に属していることを隠し秘密裏に党に貢献する活動をする者。フェロー・トラベラーズは、党に属していないものの自発的に支援する者。オポチュニストとは、共産党、社会党と利害関係で一致し協力する者。デュープスとは、党やその関連の宣伝、例えば「平和」、「弱者」、「平等」などに学識無く情緒的に共感し利用される者。この5種類がアメリカン・デモクラシーを破滅に導くと記しています。さながら日本に例えれば、誰が、或いは、どの組織や企業が何番に属するのか誰でもわかりそうなもので、シールズのような子供たちやテレビに出ているコメンテーターや芸能人は5番に属している自覚のない方々で、本当の左巻きはもっとねじ曲がっていて、裏と表の顔が全く違います。官邸前で騒いでいたシールズの学生たちは「真っ当な間抜け」であり、マイクを持って煽動した国会議員、学者や文化人、デモを仕切った運動家は「公然の党員と非公然の党員」で、学生を利用したクズです。




共産党にひざまずき、少数民族を見下した「天安門事件」の闘士たち

2019年06月04日(火)

<筆者が中国と決別した1989年、青年たちは北京の広場を目指した──。それから30年で膨張した中国に日米は手をこまねくばかり>

1989年3月末。筆者は中国から日本に留学するに当たり、北京空港で2つの決断をした。1つはたばこをやめること。もう1つは違和感ばかりが募る中国との関係を一切断つことだった。前者はうまくいったが、後者はなかなか絶縁できず、今も中国ウオッチは続いている。

日本に着いて間もなく、天安門広場に民主化を求める学生と市民が集まり始めた。彼らは民主と自由、人権擁護といった必要最低限の要求を中国共産党政権に請願したが、そのやり方は実に伝統的だった。請願書を党指導部に渡す際、ひざまずいたというのだ。独裁者に民主化の下賜を祈願しているかのような行動に、筆者は日本から応援しながら違和感が拭えなかった。

中国への違和感は既に、首都北京の外国語大学にいた1988年秋から肌で感じていた。大学で助手だった筆者は当時、後に民主化運動の指導者となる青年たちと民族問題を議論したことがある。欧米の民主制度に憧れる漢民族の青年たちは、内モンゴル出身の筆者のような他民族に対する蔑視を隠そうとしなかった。

「中国は既に少数民族を優遇している」「少数民族は漢民族よりあらゆる点で劣っており、民主化や人権制度について理解不能だろう」──。共産党が実施する民族政策で十分だと、「民主化の闘士」や「旗手」は公言してはばからなかった。

華やかさと悲惨とのずれ

1989年6月4日、民主化運動は人民解放軍の出動で容赦なく鎮圧された。犠牲者数にはいまだに論争があり、中国当局は死者319人と発表したが真相は闇の中だ。「反革命暴乱」「政治的風波」と政府が断定した後は、十数億もの国民を金儲けに駆り立てた。

それから30年たった今、世界は中国をどのように正しく位置付けるべきかを問われているように思う。

第1に中国は30年間、自国を実態以上に見せる技を駆使してきたと、中国に残って政府が用意したエリートコースを歩み続ける友人たちは口をそろえる。経済発展を示す各種統計はプラス成長にしなければ、官僚は出世できない。実際はマイナス成長でも「発展」に粉飾していれば安泰だ。そうしなければ、国家の発展を阻害する無能幹部として失脚する。

当局は実態を把握しているが、もはや粉飾を止められない。「発展」したはずの農村で、1人当たりの年収が1万円に達していない現状を筆者は近年、何度も目の当たりにしてきた。片や沿海部には世界レベルの金持ちも多い。この天文学的格差は共産党政権のアキレス腱だ。

第2に、年間十数万件の暴動が発生しても政権が安泰なのは、最先端の科学技術で国民を一人残らず監視しているからだ。中国共産党は建国以来、戸籍制度を悪用して世界有数の個人データベースを構築してきた。国家にとっての善悪を基準に国民を選別。日々の行動から思想まで把握し、干渉が可能となった。

ただ経済規模は水増しされているとはいえ、大きくなったこと自体は否定できない。その経済を支えているものに、チベットや内モンゴルから産出するレアアースや、ウイグルの土地に広がる地下資源がある。

既にチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世はインドに亡命し、モンゴル人エリートも文化大革命などでほとんど殺害された。今ではウイグル人を100万人単位で強制収容所に監禁。共産党は自由気ままに資源開発の名の下で略奪できる。

こうした華やかな中国イメージと悲惨な実態とのずれはどこから来ているのだろうか。中国政府は現状を全て「共産党の実績」「中華民族の偉大な復興」と誇っている。一方、日本やアメリカはいまだに「自由貿易体制に迎え入れたのが正しかったのか」「建設的関与とは何か」と議論するばかりだ。

そんな日米を「民主主義ほど時間を浪費する制度はない」と冷笑しながら、中国は自信満々で独自路線を歩んでいる。