時事

台湾が米国にとって鍵となるもう1つのテーマは、5G覇権競争です。

中国は、ポストコロナの経済復興シナリオの中心に、「新基建」と呼ぶデジタルインフラ建設投資を中心に置いています。5G基地局建設を中心にした壮大な産業構造変化を見込んだシナリオですが、このシナリオを遂行する最大の難関は半導体の国産化です。中国の半導体国産化は2018年半ばで15%程度、目標値としては今年中に自給率40%達成、2025年までに70%を達成するとしていましたが、中国の国産チップメーカーで一番期待されている長江ストレージ(YMTC)が、莫大な補助金をもらいながらも、目標到達の見込みはありません。

その間、ファーウェイはじめ5G基地局建設を支える中国IT企業の生命線は、世界最大の半導体ファウンドリ、TSMC(台湾積体電路製造有限公司)に握られることになります。しかし、米国は5月15日、米国製の製造装置や技術を使って海外で生産・開発された半導体製品を、ファーウェイに販売することを規制する決定を発表。昨年5月の規制では、米国部品の使用料が25%以下であれば輸出できましたが、それもできなくなりました。TSMCもやむなくファーウェイからの新規受注を停止せざるを得なくなったのですが、その代わり、米政府の120億ドルの支援で、アリゾナへのTSMC工場誘致が発表されています。これは米政府のファーウェイ潰しとして、大きく報道されているのですが、同時に台湾経済の中国依存を米国依存に替えていこうという蔡英文政権の意向に沿ったものでもあると考えられます。

台湾の企業も有権者も、米中新冷戦構造の中でどちらかを選ばねばならない時代の転換期にきているという意識をもっていて、その問いかけで出した答えが、蔡英文の再選であり、TSMCの決断だということです。

実際、TSMC関係者が、今回の米国での工場建設について、「米国で生産する場合人件費は割高で、コストも高くなるし市場競争力も落ちるだろうし、けっして良いビジネスではない」と台湾メディアにコメントしているように、従来のコスパ重視の選択ではありません。しかし、いかなる企業も「政治的要素を考慮しない決策はありえない」とも発言しています。


蔡英文は就任演説で、経済戦略として六大核心戦略をあげ、その筆頭に「半導体と通信産業の優勢を利用して、世界サプライチェーンの核心的地位を築く」ことを掲げました。また「5Gと結びついた発展」と「国家安全、サイバーセキュリティ」を挙げ、「自らを守り、世界に信頼される、セキュリティシステムと産業チェーン」を発展させる、とコメントを発しています。

さらに「誰が依存から脱却できるか、誰が国家の製造発展のチャンスを先につかむか。すべての産業界の友人に安心してほしい。政府は産業を孤立させない。この先数年、私には戦略がある」と述べ、どんな戦略かは後々に具体化するでしょうが、全体のニュアンスとしては、半導体産業を最大の武器にして、「国家安全、セキュリティ」を重視したサプライチェーンの再構築を見越しているようです。わざわざ国家安全に言及しているということは、そのサプライチェーンの中心に中国はいない、と宣言しているに等しいのです。

5G覇権戦争の行方は不明ですが、注目したいのは、米国と台湾が本気でタッグを組んで、中国に相対する姿勢をみせたということです。

米国はWHOからの離脱までほのめかせて台湾を擁護し、台湾を含めた新たな国際社会の枠組みを構想し始めているようにみえます。習近平政権の恫喝に追い詰められた結果とはいえ、この台湾の潔さと勇気は、日本の政治家や財界人もちょっとよく見てほしいものです。